脳ドックのガイドライン |
Ⅰ はじめに Ⅱ 脳ドックの目的
Ⅴ 検査の内容 |
Ⅵ 判定と指導
Ⅸ 医療経済効果 Ⅹ おわりに
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Ⅰ はじめに
画像診断法の進歩により、少ない侵襲で脳の形態が診断できるようになり、 磁気共鳴映像(MRI)を主な検査として脳の診査 を行う「脳ドック」と呼ばれる試みが1988年頃よりわが国で始まった。 国民一般の脳卒中、痴呆の予防への高い関心と、わが国における高度な診断 装置の広範な普及にたすけられ、脳ドックは1990年代はじめ頃から磁気 共鳴血管撮影(MRA)の実用化とともに多くの施 設で実施されるようになった。 この新しい形の検診は現在我が国でのみ行われており、脳および脳血管疾患 の早期発見と予防という点で大きな期待がかけられている。 一方、問題点として、個々の施設で脳ドックの目的が異なる、検査の精度が 必ずしも十分でない、発見される異常の意義、対処法が確立されていない、 また、医療経済上の効果が不明である、などがあげられている。
日本脳ドック学会は、脳ドックが予防医学の新しい分野として正しい進歩を 遂げる事を目的に、1992年に日本脳ドック研究会として発足し、以後毎 年の学術集会を通じて脳ドックに関する各種の問題について論議を重ねてき た。これらを通して、現在、脳ドックの効用、限界が次第に明らかとなり、 また社会通念としての脳ドックの概念も形成されつつあるように見える。
このような状況を鑑みて、日本脳ドック学会では平成7年「脳ドックあり方 委員会」を設置し、同年、全国の脳ドック実施施設を対象にアンケート調査 を行なった。その結果を踏まえて脳ドックの水準と有効性の向上を目指して ガイドラインを提示する。
Ⅱ 脳ドックの目的
脳ドックの目的は、無症状の人を対象に、MRI、MRAによる画像診断を 主検査とする一連の検査により、無症候あるいは未発症の脳および脳血管疾患 あるいはその危険因子を発見し、それらの発症あるいは進行を防止しようとす るものである。 主な発見の対象は、1)無症候性脳梗塞、2)脳卒中の危険因子、3)未破裂 脳動脈瘤、4)無症候性頭蓋内および頚部血管閉塞・狭窄、5)高次脳機能障害、 6)その他の機能的、器質的脳疾患であり、それらの結果について判定と指導が 行われる。
Ⅲ インフォームド・コンセント
脳ドックの検査対象、ならびに診査の限界は受診者に前もって正確かつ十分 に伝えられなければならない。
また検査項目が下記の必須項目を含まないもの(たとえばMRI、MRAのみを行 なうようなもの)は「簡易脳ドック」など、内容を示す別の名称で呼ぶ。
Ⅳ 脳ドックの検査項目
「脳ドック」は少なくとも以下の検査項目を含む。1) 問診
2) 診察
3) 血液・尿・血液生化学検査
4) 心電図
5) 頭部MRI
6) 頭・頚部MRA脳ドックにはこれら以外の検査項目として、たとえば脳卒中の危険因子の検 索として、眼底検査、その他の血液凝固・線溶系検査(血小板凝集能、β− トロンボグロブリン:βTG、トロンビン−アンチトロンビンⅢ複合体:TAT など)、血液生化学検査(Lp(a)など)、ホルタ−心電図、心エコ−検査 、頚部超音波エコー検査、脳血流検査などが加えられる場合がある。
また、その他の検査として胸部X線検査、頚椎X線検査、詳細な高次脳機能 検査、脳波検査、アポリポ蛋白Eの検査などが加えられる場合がある。
Ⅴ 検査の内容
1. 問診
問診は面談あるいは問診表に記入する方法で行う。現在の健康上の状況、既往 歴、家族歴、現在の生活習慣などの質問を含む。MR検査の禁忌となる状態、 たとえばペースメーカー装着、体内金属の存在などに特に注意する。2. 診察
体型、顔貌、表情、会話および運動の状態の観察、脈拍、心臓の聴診、頚部雑 音の聴取、神経学的診察、体重、血圧測定、簡単な高次脳機能検査(「かなひ ろいテスト」、Kohs BlockDesign Testなど)を含む。ただし高次脳機能検査 は診査対象によっては省略してもよい。3. 血液・血液生化学検査
白血球、赤血球、ヘモグロビン、ヘマトクリット、血小板数、フィブリノゲン、 GOT、γ-GTP、Al-P、LDH、BUN、クレアチニン、尿酸、総コレステロ ール、中性脂肪(トリグリセライド)、HDL−コレステロール、血糖またはHbA1c フルクトースアミンを含む。精度管理が適切に行われている施設で測定する。4. 心電図
安静時標準12誘導心電図でもよいが、ホルター心電図検査が行われることが 望ましい。5. MRI
MRI画像は少なくとも10㎜かそれより薄いスライスで撮影された、T1 強調画像、T2強調画像、ならびにプロトン密度画像またはFLAIR法による画像 の鮮明な頭部軸位画像を含む。
画像診断は以下に要約する「厚生省循環器病委託研究(6指−2)無症候性 脳血管障害の画像診断に関する研究班」による画像診断基準による。1. 小梗塞(lacuna)の画像診断
T2強調像で、大脳基底核、視床、大脳白質等に認められる、限局性の高信 号域を示す小病変の診断に際しては、小梗塞と血管周囲腔との鑑別が重要で あり、以下の方法で鑑別される。
1) 血管周囲腔との一般的な鑑別法2. 血腫瘢痕(慢性期出血巣)
血管周囲腔:T2強調像にて高信号を示し大きさが3㎜未満、一般に 整形で均質な高信号域であり、周囲に信号変化を伴わない。穿通動脈、 髄質動静脈の走行に沿う。ただし、大脳基底核下3分の1の部位等で はこれを高頻度に認め、しばしば左右対称性で、径3㎜をこえること も少なくない。 小梗塞巣:原則として大きさが3㎜以上。不整形不均質の高信号域で、 周囲に不均一な高信号域を伴う。T1強調画像では梗塞巣、血管周囲腔共 に通常低信号となるが、T2強調像の場合と同様、血管周囲腔では整形均 質で、小梗塞の場合は不整形となる。2) プロトン密度強調画像、FLAIR法の信号強度による鑑別
まれに血管周囲腔が非常に拡大する場合があるが、その場合も、病変 の大きさ以外の上記鑑別点が有効であるが、撮影法による信号強度の違 いが鑑別の参考になる。
梗塞巣(嚢胞化した梗塞巣):プロトン密度強調像、FLAIR像で、病巣 中心部が髄液同等の低信号で、周囲に高信号領域を伴う。
拡大した血管周囲腔:全体が髄液同等の低信号領域を示す。
斑状ないし不整形の病変で、T1強調像で中心部が低信号、T2強調像で高信号 である。
T2強調像にて周辺部にhemosiderin沈着による低信号の輪状の所見が見られる。3. びまん性白質病変(leukoaraiosis)
T2強調像で見られる脳室周囲や深部白質の高信号病変(いわゆるleukoaraiosis) は、現時点では脳血管性病変とは特定できず、無症候性脳血管障害には含めら れない。しかし、虚血性病変も重要な発生要因と考えられており、その画像診 断基準は以下のとおりである。
1) 側脳室周囲に認められる"cap"ないし"rim"状の高信号領域は、血管性 病変とはみなさない。6. MRA2) 側脳室周囲から深部白質に進展する不規則な高信号領域のうち、その 中に班状の著しい高信号病変を認める場合や、病変分布が明らかに非対称 である場合は血管性病変の可能性が否定できない。
1) 頭蓋内動脈のMRA
未破裂脳動脈瘤の検出のため3D−TOF法による撮像を原則とする。画像は、 1)撮像範囲のcollapse画像、2)ウイリス輪前半部の軸位画像、3)ウイリス 輪前半部の冠状断画像、4)ウイリス輪後半部の冠状断画像、5)元画像、を 作成する。読影は立体視によって行なうことが望ましい。脳動脈瘤を見逃さな いためには単一血管に撮像領域を設定して画像再構成を行ったり、またビデオ モニター上の動画像表示を追加することが望ましい。
画像の鮮明度は頚動脈サイフォン部の乱流のアーチファクトが少なく、中大 脳動脈の島部の動脈が描出されていること、脳動脈瘤の診断精度は直径3㎜以 上の脳動脈瘤の有病正診率、無病正診率が90%を越えることを目安とする。2) 頚部頚動脈のMRA
頚部頚動脈狭窄・閉塞の診断には2D−TOF法あるいは3D−TOF法で撮 影する。撮像範囲は総頚動脈分岐部を中心に総頚動脈、外頚動脈、内頚動脈が 含まれるようにする。1)頚部頚動脈の冠状断画像、2)元画像、を作成する。 狭窄性病変の有無の診断には冠状断画像を使用し、狭窄率の判定は元画像によ り評価する。
頚部MRAが行われない場合は、頚部超音波エコー検査により頚部頚動脈病 変の検査を行う。
Ⅵ 判定と指導
これらの検査結果はその臨床的意味の解説とともに受診者に通知されなければ ならない。異常所見がある場合は面談し適切な対応を指導する。異常所見がなかっ た場合あるいは軽微な場合の通知は報告書の形をとってもよい。
Ⅶ 代表的な異常所見に対する対応
1. 無症候性脳梗塞
本病態を持つ場合は症候性脳梗塞を生じやすいことが知られている。その他の 危険因子と重複して存在する場合は脳卒中発症の危険がさらに高い。特に心原性 梗塞の可能性が考えられる場合には専門医への受診を勧める必要がある。内服薬 投与に関しては個別的に判断するが、高血圧を中心に危険因子の除去を積極的に 指導する。2. 拡大血管周囲腔(etat crible)
加齢による変化と考えられ、その変化に対する特別な対応は不必要であるが、 その他に脳卒中の危険因子があれば、その対処が必要である。
3. びまん性白質病変(leukoaraiosis)
現時点では脳血管性病変とする積極的根拠はないが、高度な変化は何らかの病 的意義を持つことが推測されるため、経過観察を行なう。4. 無症候性脳主幹動脈閉塞・狭窄
これらは脳卒中の危険因子の一つと認識すべきという考えもあるので十分な経 過観察が必要である。脳循環動態を評価するための二次検査を勧める。内服薬 投与に関しては個別的に判断する。5. 無症候性頚部内頚動脈閉塞・狭窄
男性における高度狭窄例において頚動脈内膜剥離術が低い合併症で行われた場 合、将来の脳卒中発生を減少するという報告がある。個別的に頚動脈内膜剥離 術の適応を検討する。内服薬投与に関しては個別的に判断する。
Ⅷ 経過観察
脳ドックにより発見される異常所見の大多数は、必ずしも進行性に憎悪して 致命的となる性質のものではない。また、その病的意義あるいは自然経過が 明かとなっていないものも多い。したがって、それらの異常の経過観察は受 診者に対するアフターケアの意味とともに、疾患そのもののより詳細な自然 経過の解明に役立つ。この意味から、脳ドック実施施設においては異常所見 が発見された場合、日本脳ドック学会が行っている経過観察調査に登録する か、あるいは各施設においてその後の経過観察が行れることが望まれる。 現時点ではそれぞれの異常所見について適切な経過観察の間隔を特定する知 見はないが、多くの場合6ヶ月ないし1年間隔の経過観察が望ましい。
Ⅸ 医療経済効果
脳ドックの実施により救命あるいは障害が回避されることによる効果は、 現状では費用効用分析に使用する各変数の不確定要素が大きいため推定が 難しい。したがって、公的費用を用いて脳ドックを実施すべきか否かの評 価は今後の課題となる。
Ⅹ おわりに
ここに示したガイドラインは平成8年12月、「脳ドックあり方委員会」 で作成され、日本脳ドック学会評議委員会によって討議されたもので、現 時点にあける脳ドックの好ましいあり方を示したものである。脳ドックが 出来るだけ均一な内容で、混乱の少ない概念として通用するためにも、我 が国における脳ドック実施施設は本ガイドラインに沿って脳ドックを実施 されることを希望する。
なお、脳ドックの対象疾患に関する知見は今後急速に蓄積されるものと 予測され、それに伴って本ガイドラインは将来修正される可能性がある。平成9年5月15日
日本脳ドック学会「脳ドックあり方委員会」
端 和夫(委員長)
吉本高志
篠原幸人
山田 弘
戸谷重雄
赫 彰郎
中川俊男
藤原 悟
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