アルコールが脳に与える影響 |
脳は加齢とともに萎縮することが知られているが、アルコールは飲み方によってはさらにその程度を加速する。脳ドック受診者を対象とした千葉大学脳神経外科グループの調査(久保田基夫代表)で、1日2合以上の飲酒は脳萎縮の明らかな危険因子であることが分かった。
やはり過度な飲酒は控える必要がありそうだ
脳ドック受診者1614人で検討
この調査は、1992年1月〜1995年12月に日下医院(千葉市)の脳ドックを受診した1614人(男性1200人、女性414人)を対象に、飲酒と脳萎縮の関連を調べるために行われた。同院の脳ドックは企業検診の一環として受診するものが8割近くを占めている。受診者の平均年齢は男性48歳、女性53歳であった。
慢性アルコール中毒の患者に高率に脳萎縮が見られることは、以前から指摘されていた。しかし、今回のように、普通に社会生活を営んでいる健常者(ソーシャル・ドリンカー)を対象とした報告はない。今回は、MRI T2強調画像axial像で、明らかなくも膜下腔の開大が見られるものを脳萎縮と定義した。萎縮の程度は側脳室体部の見られるスライスで、前頭部のくも膜下腔の幅が3mm以上を軽度萎縮、6mm以上を中等度萎縮、9mm以上を高度萎縮と定義した。
1日2合の飲酒で有意差
飲酒の有無に関わりなく、各年齢層にどの程度脳萎縮が認められるか検討したところ、30歳代(251人)で8%、40歳代(582人)で15%、50歳代(521人)で36%、60歳代(260人)で59%と、加齢とともに脳萎縮は進行していた。30歳代では全例が軽度脳萎縮のみであったが、40歳代以降は年齢とともに少しずつ中等度萎縮例が増加し、60歳代ではわずかではあるが高度萎縮例も認められた。
次に受診者の飲酒の程度だが、毎日飲む人の割合は、30歳代で53%、40歳代で46%、50歳代で37%、60歳代6%と、年齢とともに飲酒を控える傾向が認められた。飲酒と脳萎縮との関連について、受診者全体を飲酒群と非飲酒群に分けて調べた結果では、脳萎縮は飲酒群(609人)の30%に認められたのに対して、非飲酒群(827人)では27%で、両群に有意差はなかった。
しかし、1日2合を基準に飲酒量によって分けてみると、非飲酒群と1日2合以下の群(平均1日1合弱、363人)では脳萎縮の割合はそれぞれ27%と24%で差はなかったが、1日2合以上飲酒する群(246人)の脳萎縮の割合は36%にのぼり、他の2つの群と比べて明らかな差が認められた。さらにこの36%のうち、中等度萎縮が10%を占めている点でも、他の2群の中等度萎縮が5%を切っているのと際だった違いを示していた。
酒飲みは10年早く脳萎縮が進行する
飲酒量から見た脳萎縮率を年代別に比較すると、興味深いことが分かる。1日1合程度の飲酒では、脳萎縮の程度は非飲酒群と変わらない。ところが、1日2合以上飲む人に注目すると、30歳代の飲酒群は40歳代の非飲酒群と同程度の脳萎縮を示している。40歳代の飲酒群と50歳代の非飲酒群、50歳代の飲酒群と60歳代の非飲酒群でもほぼ同様のことが言える。すなわち1日2合以上の飲酒をすると、脳萎縮が約10年早く進行することになる。
慢性アルコール中毒患者では、脳血流やグルコース代謝が低下し、判断力などの高次機能が障害され、反社会的行動を起こしやすいことが指摘されている。ところが、幸いなことに、アルコールによる脳萎縮や脳のダメージはある程度可逆性があることが分かってきた。禁酒をして数ヶ月すると、脳萎縮も徐々に回復してくると報告されている。
今回の検討から、ソーシャル・ドリンカーの中にも飲酒による脳萎縮が認められることが明らかとなった。また1日1合程度の飲酒は脳萎縮を来さない可能性がある。
担当:久保田基夫
(Medical Tribune 1997年3月27日号、読売新聞2000年2月9日夕刊、東京新聞2000年3月6日朝刊 掲載、NHKラジオ「今日の医学」1996年5月5日放送)